「当たり前」のビジネス環境を疑え。Why Japanese people?

2016/7/31
2017年1月に、「日本の経費精算」の常識が大きく変わる。その仕掛け人であり、政府とのガバメントリレーションシップを推進したコンカーの三村真宗社長と、日本のビジネス環境の“非合理性”を鋭く指摘する厚切りジェイソン氏による対談をお送りする。

日本のビジネス環境は「ザルすぎる」

──今日のテーマは、日本のビジネス社会の非効率性についてです。厚切りさんは日米それぞれの大企業とベンチャーを経験していますが、日本のビジネス上の慣習に違和感はありますか?
厚切り:一番大きいのは、意思決定が一人じゃできないことですね。稟議書とか、物理的に「ハンコ」を押してもらわなきゃいけない。しかもハンコって、ちゃんと上司が押したという証拠にならないよ。100円ショップで誰でも買える。それが何の承認になるの?
三村:厚切りさんも、承認することはあるんですか?
厚切り:私の場合、いまのポジションはアメリカ法人の仕事がほとんど。だから承認もメールベースですね。ハンコじゃなくてサイン。といってもデジタル上のサインですよ。
三村:なるほど。“ザル”ってわかりますか?
厚切り:モンキー?
三村:…それはサルですね。日本では承認がいい加減なのを“ザル承認”といいます。日本の多くの企業であふれている慣習で、申請書類の中身を読まずにハンコを押して承認してしまうことを指します。
厚切り:つまり中を見てないの? 見てないのに、なんで承認できるんですか?
三村:日本のビジネスパーソンはまじめであるという前提で成立している慣習なんですが…。経費精算を承認する際にも、よく見ずに通してしまう。間違いがあっても気がつかない。結果的に、しわ寄せがいって困っているのは経理部門です。
厚切り:ダメじゃん! 経理の人、大変だね。「これは払えませんよ」とビシっと言えればいいですけどね。
三村:ザル承認になってしまう本質的な理由は、管理職が忙しいこと。誰かサポートしてくれと言っても、助けてくれるツールがないという事情もあるんです。
厚切り:でもザルだと、承認の意味がないですよね。なんで成り立っているんですか?
三村:…世の中のほとんどの管理職がザルだから、だれも指摘できないんです。
厚切り:じゃ、日本全滅じゃん! 放っておく意味がわからないよ! Why!?
三村真宗(みむら・まさむね)
コンカー代表取締役社長。SAPジャパン日本法人の創業メンバーとして、ビジネス・インテリジェンス事業本部長、社長室長、戦略製品事業バイスプレジデントなどを歴任。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニー、ベタープレイス・ジャパンを経て、2011年より現職。

手書き領収書は「国としてありえない」

三村:欧米に比べて、経費に関しては日本のレベルは遅れています。経費の不正が起きる割合も高い。よくある例でいえば、通勤定期の区間内での移動にもかかわらず交通費を請求するといった、「小さな不正」がひんぱんに起こっています。
ただ、経費精算システムの導入が進んできたことで、こうした問題は少しずつ改善されつつあります。例えば90日以上古い経費の申請は認めないなど、入力の時点でシステムがチェックすることで、ガバナンスの向上が徐々に進んでいます。
厚切り:うちの会社も、そのシステムは導入済みです。でも日本は、そもそも大きい問題があるよ。「手書きの領収書」って、アレなに? 90日の期限が切れた領収書の代わりに、コンビニで用紙を買ってきて、自分で好きな金額を書けばOKじゃん。
アメリカの会社で働いていたとき、日本への出張の経費精算で手書きの領収書を出したら上司に怒られましたよ。「子どもの書いた領収書が認められるか!」って。
機械が打ったレシートより手書きの領収書が優先されるなんて、普通ありえないよ! 簡単に偽造できるし、明細もない。「但、食事代として」とか、なんですかそれ。
三村:テクノロジーが進化している一方で、社会のルールの変化が追いついていないんですね。もちろん日本でも機械打ちのレシートは公的な領収書として使えますが、昔からの慣習で手書きの領収書を要求する企業が多いのが現状なんです。
厚切り:日本は、わざとグレーゾーンを残そうとする傾向があるよね。僕が日本の永住権を申請したときのことだけど、その条件に驚いたよ。「十分、日本に貢献しているかどうか」だって。十分ってどのくらい? 貢献ってどんな? 何もわからないのと一緒ですよ。
厚切りジェイソン
お笑い芸人・IT企業役員。1986年アメリカ・ミシガン州生まれ。17歳のとき飛び級でミシガン州立大学へ入学したのち、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校へ進み、エンジニアリング学部コンピュータサイエンス学科修士課程修了。IT企業の役員として働きながら、2014年10月にお笑い芸人としてデビュー。7/19には日本の英語取得常識を覆す学習アプリ『厚切り英単語』をリリース。

領収書の電子化で経費精算が大きく変わる

──改正されたe-文書法によって、2017年1月からスマホなどで撮影した領収書の写真が「原本」として使えるようになります。
三村:今回の規制緩和によって、経費精算のプロセスは大きく変わります。また、「紙の領収書を7年間保管しなければいけない」という、時代に合わないルールも変わることになります。大企業ともなると全社分の税務書類は膨大な量になり、その保管コストだけでも相当な金額がかかっていました。
また、税務書類は地方の倉庫などに保管されているケースが多いため、税務署から「この経費の数字がおかしいから、領収書を持ってきてください」と言われても、原本を見つけるのがとても大変でしたから、大幅な省力化になります。
厚切り:考えるだけでも超大変だよ! そもそも7年間の保管義務って長すぎるよね。アメリカではだいぶ以前からデジタル・レシートが普及してますよ。
三村:電子化のメリットは保管コストだけでなく、過去の経費の使用状況を人や用途などの条件で検索したり、ビッグデータ的に「こういう状況の下では不正が起こる可能性がある」と分析したりすることも可能になります。これは経営の意思決定においても役立つデータになります。
「手書きの領収書」の束を前に、そのありえなさを表現する両氏。

筋のいい規制緩和には政府も積極的

──UberやAirbnbが法律の規制を乗り越えてビジネスを展開しているように、今回の経費精算に関する規制緩和も、コンカーの主導による政府への働きかけによって実現しています。
三村:勘違いされがちですが、日本政府は必ずしも規制緩和に後ろ向きではないんですよ。なぜなら、規制緩和はもっともコストのかからない改革だからです。国側は、いわばベンチャーキャピタリストのようなもので、筋のいいアイデアがあれば検討します。
実際に官僚の人たちにお会いしてみると、「新しい技術で領収書の電子化ができるんですか? できるなら緩和しましょう!」という反応でした。正しいテーマを正しいところに伝えれば、まだまだ規制緩和の余地はあると思います。
厚切り:アメリカでは同性愛者結婚などは思い浮かびますが、ビジネスに直結する規制緩和だと、あまりいい事例が思いつかないですね。緩和が進みやすい領域と、進まない領域は何が違うんですか?
三村:既得権益者がいるかいないか、が大きいですね。われわれが最初の規制緩和を求めたときも、国はそこを気にしていました。そういう意味で、今も手つかずに残っているのは、教育、農業、医療など重たいものです。
 

経費精算を合理化できないと生産性で損をし続ける

──改めて伺いますが、厚切りさんがアメリカにいたとき、経費精算はどんな手順でしたか?
厚切り:最初に入った大手企業のときは、経費の支払いにコーポレートカードを使っていました。金額が25ドル以下ならそのままスルーですね。25ドルを超えた場合でも、もらった領収書を上長、経理に渡すだけ。書類などを書く必要はありませんでしたね。
三村:それはデータ入力を担当する人がアウトソースされていたのかもしれないですね。それについて、われわれは次の規制緩和の働きかけをしているんですよ。
厚切り:今のが終わってないのに!? 早いよ!
三村:日本でも、「金銭を扱わせるから不正が起きる」という理由で、コーポレートカードを持たせる会社が増えています。
コーポレートカードを使えば精算金額の明細がデータとして送られてくるので、誤入力や改ざんを防ぐことができますが、それでも日本ではまだ「領収書の添付」が必要です。今回の規制緩和で、紙の領収書をスマホで撮影してデータ化するところまでいきましたが、一度紙にするというステップは残っているわけです。
次の段階では、紙自体をなくしたい。「交通系ICカードを使えば精算は要らない、コーポレートカードを使えば領収書は要らないようにしましょう」と、われわれは政府与党に働きかけています。
厚切り:早く実現してほしいね。そういう手間をかけている日本企業が、先にシステムを合理化している海外の会社と競合しようとすると、同じ力があっても生産性で損するよね。
「領収書の糊付け」を実演して見せる三村氏に、「優秀な人の時間が糊付けで浪費されるビジネス環境っておかしいよ!?」と絶叫する厚切り氏。

できる若手が、組織で力を握ってほしい

──今後、日本のビジネス環境が良い方向に変わるためには何が必要だと思いますか?
厚切り:できる人が力を握ってほしいですね。若い人が、実力もアイデアもあるのに、上に意見が通らない。できない人が年齢だけで上にいる。アメリカだと、10年働いて出世しなければクビですよ!
それから人材面では、「部署異動」はなくしたほうがいいでしょ。せっかくスキルが身に付いたころに、別の部署に異動させるって、意味あるの? ジェネラリストよりプロフェッショナルを育てた方がいいよ。
三村:企業内の人的ネットワークを深くしていくことのメリットはあるんですよ。ただ、個々の専門性は身に付きづらいため、スキルが会社のなかで固定化して、全体に流動性がなくなる。まだまだ終身雇用を前提とした制度設計なんですね。
厚切り:理解できるけど、なんとかならないのかな。もう、若い人たちがどんどん会社を立ち上げて、既得権益を倒すしかないよ。
三村:起業を取り巻く環境は現状、不十分ですよね。ベンチャーへの投資額が少ないことも問題ですが、それよりも大きいのは、日本の場合、出資を受けると無限責任になってしまう。会社が倒産したら、じゃあ社長が払えとなってしまう。
失敗したら再チャレンジができないから、怖くて起業できないという側面もある。これは大きな課題だと思います。
厚切り:それじゃ、ベンチャーでなくローンですよね。
三村:国が大企業に援助している数十億、数百億というお金を振り向けたら、どれだけ若い起業家に投資ができるか。もちろんそれには、国も目利きである必要が出てきますが。
厚切り:わかった! コンカーさんが儲かったら、そのお金で若者に投資してくださいよ。そうやって下の世代から日本の慣習を変えていけばいいんだよ。ヨロシクね!
(編集:呉 琢磨、構成:阿部祐子、撮影:岡村大輔)