ホークスの経営戦略【15回】
主催試合9割を地上波生中継。ホークス&TOKYO MXの挑戦
2016/6/4
球界の盟主の座が、巨人から、福岡ソフトバンクホークスへと移りつつある象徴のような出来事に映る。
東京でいま、最も身近に楽しめるプロ野球中継と言えば、圧倒的に多いのが福岡ソフトバンクホークスの試合中継なのだ。
昨今は地上波放送からプロ野球中継が消えつつあると言われる。ひと昔前までは巨人戦が全試合ナイターで生中継されるのが当たり前の世の中だった。
だが、およそ10年前から減少傾向に転じ、2009年を境に一気に落ちた。今年、巨人主催全72試合のうち、地上波放送は19試合(うちナイターは5試合のみ)しかない。
しかし、東京において、ホークス主催公式戦の今季71試合のうち、実に66試合もが地上波で生中継されているのだ。
中継試合数は年々増加
「TOKYO MXテレビ」において2007年以来ホークス戦が中継されるようになり、今シーズンでもう10年目となった。
初年度は25試合からのスタートだったが、翌年には40試合に増加し、2010年のリーグ優勝を受けて翌年には50試合、2011年は日本一で翌年は65試合。このご時世にあって、右肩上がりの成長を続けてきたのである。
TOKYO MXはいわゆる東京ローカルのテレビ局ではあるが、埼玉、千葉、神奈川、茨城の一部もカバーしており、視聴世帯数は1430万にもなる。これは日本の総世帯の約4分の1に相当する数だ。
しかし、福岡にフランチャイズを置く球団が、なぜ東京で放送されるのか。はたまたなぜできるのか。
球団、テレビ局双方の担当者に話を聞いた。
関東でも露出を増やしたい
もともと、この提案を持ち掛けたのはホークス球団だった。ソフトバンクがオーナー企業となってまもないころだ。
ホークスの事業開発部・小木野惇ディレクターは言う。
「福岡、九州を地元とする球団ですが、ソフトバンクの本社が東京にあることも理由の一つです。もちろん福岡でも、ほぼ全主催試合が地上波ならびにNHK-BSで視聴することができます。われわれは地元を大事にしながら、関東でもソフトバンクホークスの露出をもっと増やすためにどうすればいいのかという思いから始まりました」
ところで、一部インターネットサイトでは、「ホークス球団がTOKYO MXの放送枠を買い取る異例のかたちだったために実現した」と書かれているが、小木野氏は「とんでもない。それは間違いです」と首を横に振る。
「われわれも他局と同様、TOKYO MXさんからもきちんと放映権料を頂戴しています。ただそれ以外のところで、ほかの放送局とは違うビジネスのかたちをとっています」
MXだからできる番組つくり
一方でTOKYO MX中継担当の千葉大輔プロデューサーはこう語る。
「プロ野球は国民的スポーツです。放送コンテンツとしては非常に魅力があります。東京には巨人、ヤクルトと2つの球団があります。しかし、いずれのチームにもメディアの資本が入るなど、我々が中継を行える状況にはありませんでした」
スタート当時は球団にも局にも不安はあった。
しかし、巨人戦を中心にプロ野球中継が見られなくなりつつあった中で、TOKYO MXのホークス戦中継は確かな存在感を示しつつある。
「番組中のプレゼント応募の数がどんどん増えたり、喜びの声をいただいたりすることも多くなりました。また、視聴調査でも巨人戦と同時間帯になってもあまり変わらない数値が出ています。東京でもホークスが受け入れられているし、プロ野球を見たい、プロ野球が好きだという方は確実にいるのだと実感します」(千葉氏)
番組プロデューサーの千葉氏は思いをもって、放送にもアイデアを凝らす。
「どんなきっかけでもいいから、まずはチャンネルを合わせてもらいたい。そのための花火を打ち上げるというか、他局ではなかなかない企画などもあえて中継に取り入れています」
かつては女性アナウンサーがシーズンを通して実況を務めたことがあった。解説にかつてのホークスのエース若田部健一氏を起用した日に合わせて、愛娘でアイドルの若田部遥さん(HKT48)もゲストに呼んで「親娘解説」も行った。
また、今年も、引退したばかりの松中信彦氏が解説者デビューを飾ったのはTOKYO MXの中継だった。
野球コンテンツの可能性
解説陣も豪華だが、実況アナウンサーもなかなかの顔ぶれだ。元日テレの山下末則アナ、元TBSの松下賢次アナが登場する。その世界では大重鎮の2人である。
「僕のこだわりなんです。視聴者の皆さんも耳馴染みのある声のお二人にどうしても実況していただきたいと思い、お願いしました。昔、野球中継が当たり前のようにお茶の間にあった時代。その古き良き時代をその声を通して思い出してほしいのです」(千葉氏)
家にいれば、テレビをつけて、野球を見る。
ホークスの小木野氏もまた、その思いに同調する。
「以前に比べれば、プロ野球の視聴習慣というものがなくなってしまいました。プロ野球人気が減少傾向にある危機感は持ち合わせています」
「しかし、野球というコンテンツにはまだまだ可能性があると思います。ホークスはもちろん、野球そのものに目を向けていただくために、地道ながらも継続していくことが大切だと考えています」
一見すれば、ローカリズムと非ローカルの矛盾にも映った東京でのホークス戦中継。しかし、これはプロ野球の危機に立ち向かった、勇気あるチャレンジだったのである。
(写真:©SoftBank HAWKS)