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サムライインキュベート 榊原健太郎CEOインタビュー(前編)

世界の潮流が「シリコンバレー」から「イスラエル」に移る7つの理由

2015/10/8
日本の若きインキュベーター、榊原健太郎氏。現在出資しているスタートアップは100社ほどに上る。その彼がイスラエルに移住して1年半が経った。「イスラエルはスタートアップの中心地になる」とは彼の持論。日本や日本人の枠にとらわれない行動と発想は、日本の経済界からも注目を浴びるようになってきた。榊原氏はイスラエルから何を学び、何を発信して、何を仕掛けていくのか。帰国中の榊原氏に聞いた(聞き手・構成:上野直彦)

なぜ「イスラエル」へ引っ越したのか

去る9月6日から12日、イスラエルで大規模なスタートアップのイベント「DLD テルアビブ」が開催された。世界中のベンチャー起業やスタートアップの関係者がテルアビブを訪問、2万人以上が参加したといわれ、同市のイベントでは過去最大の盛り上がりをみせた。

そこで存在感を見せていたのが、日本の若きインキュベーター(起業を支援する事業家)の榊原健太郎氏だ。2008年にサムライインキュベートを創業。起業家の集まりで拡声器を握りしめ、熱のある言葉を放っている姿が多くのメディアで取り上げられたことから、憶えている人も多いだろう。

その榊原氏は、昨年からイスラエルに活動の拠点を移した。なぜ、イスラエルなのか。なぜ、イスラエルがこれから熱いのか。

「グーグルやフェイスブックを日本から生み出す!」が起業の動機

──榊原さんがサムライインキュベートを創業したのが2008年、32歳のときです。きっかけを教えてください。

榊原:ベンチャー企業は、良いサービスをたくさん持っているのですがマネタイズができない。以前、勤めていたアクシブドットコム(現・VOYAGE GROUP)で担当していた自社商品の収益を最大化する営業本部長ような、スタートアップの営業本部長代行をやろうと思ってつくったのがサムライインキュベートです。現在は約100社に出資して、各社の社外取締役を担っています。

──初めはどういった社内環境だったのですか。

最初は僕の家、世田谷の桜新町です。ボロいアパートでしたよ(笑)。それから練馬へ引っ越し。そして現在はイスラエルのテルアビブです。年齢も40歳になりました。

榊原健太郎(さかきばら・けんたろう) サムライインキュベートCEO 1974年愛知県名古屋市生まれ。関西大学社会学部卒業。97年、日本光電工業株式会社 入社。2000年アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)入社。01年株式会社インピリック電通(現電通ワンダーマン) 入社。02年アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)復帰。07年 グロービス経営大学院経営研究科入学。08 年株式会社サムライインキュベート設立。主に事業を立ち上げて数カ月以内の、スタートアップといわれるベンチャー起業を包括的に支援する。

榊原健太郎(さかきばら・けんたろう)
サムライインキュベートCEO
1974年愛知県名古屋市生まれ。関西大学社会学部卒業。1997年、日本光電工業入社。2000年、アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)入社。2001年、インピリック電通(現電通ワンダーマン)入社。2002年、アクシブドットコムに復帰。2007年、グロービス経営大学院経営研究科入学。2008年、サムライインキュベートを設立。主に事業を立ち上げて数カ月以内のスタートアップといわれるベンチャー起業を包括的に支援する

──なぜ、イスラエルなのですか。

シンプルに言うと、世界のIT企業で大成功している創業者のほとんどがユダヤ人かユダヤ系なんです。イスラエルは人口約800万人、面積は四国ぐらいですが、流れは確実に「シリコンバレー」から「イスラエル」へ移っていると感じています。

そう感じる理由の第1に、ベンチャーキャピタルの投資額が今年は年間約6000億円超えると言われています。人口が800万人なので国民1人当たりの投資額は世界一です。日本は人口1億3000万人で投資額が約1000億円ですから、国民1人当たりでいうと約100倍です。

第2に技術者や科学者の数、第3にM&Aの数も国民1人当たりで世界一です。第4には、R&Dの投資額も世界一(R&D関連施設数も250カ所と世界一で、アップルをはじめIBMやインテル、グーグル、フェイスブック、サムスン、LGもイスラエルに施設を持っている)。これが日本にはほぼありません。

第5に新設企業数が国民1人当たりで世界一です。第6はその能力。ノーベル賞受賞者の実に約20%がユダヤ人、“数学のノーベル賞”であるフィールズ賞では約25%です。第7に、フェイスブックやグーグルなど、多くのスタートアップの創業者がユダヤ人、ユダヤ系であること。ここが僕らの仕事にとっては重要です。

──日本の企業からの投資はどうなのでしょうか。

そこなんです。こういった事実をあまりご存じない経済人(特にIT・ネット業界)が多く、ほとんど動きがありません。バイバー・メディアを買収された楽天の島田亨さん(編集部注:同社代表取締役 副社長執行役員)が今までもっともお詳しく、それ以外は聞くことは本当に少ないですね。ですので、僕があちこちで話しているんです。

──ほかにイスラエルで重視しているところは?

もうひとつ重要なポイントがあります。対アメリカについてです。NASDAQ上場企業数が本国アメリカ、中国に次いでイスラエルは3位。また、アメリカでの買収総額の約20%がイスラエルの会社とも言われています。

そして、アメリカ国内にはユダヤ人やユダヤ人系が約500万人もいる。イスラエルに住んでいるユダヤ人の人口と同等ですが、このネットワークが大きいです。
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日本人が敬意を持たれている理由

──イスラエルに実際1年半住んでみて、新たにどんな発見がありましたか。

まず美しい女性が多い。本当に(笑)。そして、いつも地中海のビーチがきれい。僕はテルアビブに住んでいるので海岸が近いのですが、海が透き通っています。気候もカラッとしている。3つ目は、食事がひよこ豆など野菜を使った料理が多くヘルシーです。僕はいつもイスラエルに行くと5キロやせて、日本に戻ってくると3キロ太ります。

それと、思っていた以上に安全。夜中の12時でも子どもたちが遊んでいる。日本のメディアはこのあたりをちゃんと伝えていません。危険なイメージが強くて、投資が実現していない理由のひとつです。

──20年くらい前に短期滞在したことがあるのですが、日本人にとても親切ですよね。

そこも移住して良かったと思うポイントです。第2次世界大戦でユダヤ人を救った外交官・杉原千畝さんや樋口季一郎・陸軍中将の影響が大きい。

通りを歩いていると突然呼び止められ「日本人か? 私の祖母はミスター・スギハラに助けてもらったんだ」と言われたことがあります。同じことが10回以上あったんですよ。

日本人はとても敬意を持たれている。サンフランシスコのシリコンバレーに行くと、上から目線で嫌な思いをしたビジネスマンも多いと思いますが、それとは対照的です。

それと学生時代に大阪に住んでいたのでわかるのですが、関西人そっくりです。みんな余計なお世話が大好き(笑)。行き先を尋ねるとバス停まで案内してくれて、目的地までついてきてくれたこともあります。逆に、関西が経済発展しないのはなぜかと考えます。足の引っ張り合いが多いのでしょうか……。もしくは、ほかのエリアに出て行ってしまっているのでしょうか…‥。

──逆に生活で困った点は?

ハイテクの国なのに、生活レベルは意外にローテクなところですね。アパートを借りても、郵便ポストの鍵が届いたのは3カ月後。それで毎回わずかな隙間から箸で手紙を取っていました(笑)。あと、ドタキャンが多い。言葉は基本的にヘブライ語なので英語が通じない部分が多いです。

──メンタリティにおいて日本人と決定的に違う点は何ですか。

イスラエル人は自己主張がとても強いです。いつも議論し合っている。でも、それがIT企業などの独創性につながっています。

日本人は「カイゼン」やマーケティングが得意、イスラエル人はゼロからイチを生み出すのが得意です。このあたりも決定的に違いますね。ですから、彼らは大学卒業後にスタートアップへと向かうんです。

──世界中でイベントをされていますが、ほかの都市との違いは?

世界17カ国でさまざまなイベントを開催してきました。シリコンバレーでは4回、それ以外の都市でもやってきましたが、イスラエルもそのひとつでした。3年前にイベントをやったのが初めて。その頃、行きの飛行機の中でイスラエル国内のデータを徹底的に調べました。

でも、ポテンシャルを本当に感じたのは、引っ越してからなんです。ビジネスへの価値観、家族を大事にすること、子どもを自由に育てることの意味など、イスラエルへ来てから考えさせられたことが多い。ぜひ一度直接見てほしい。

僕は、イスラエルがスタートアップの中心地になると見ています。

*後編は明日掲載します。

(撮影:福田俊介)