世界一、寄付しない日本人が損していること
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寄付について、個人的にはずっとピンとこない、という感覚を持っていました。ただこの記事を読んでいて、なるほどなぁ、という、感覚を得た気がします。あまり考えて来なかったトピックですが、今回をきっかけに色々考えて見たいと思いました。
注目のコメント
新約聖書に、たくさんの献金をしたお金持ちと、貧しいながらもわずかな全財産を献金した女性とをくらべ、どちらがより多くの献金をしたか、と問う場面があります。この記事はその前者に寄っているようにみえますね。
寄付でなくても、とにかく消費活動ですよね。特に内需。使い途の違い。
寄付だけ切り取ると、東日本の震災の寄付でカキの養殖の方々に寄付をして、事業として復活できたから、お礼にカキをいただいたのは感動しました。
そしてそこのカキを毎年買うようにしている。全く同意できない。記事の主張をまとめると、
「日本人は公共心や金融リテラシーが足りないから、投資によって増やしたお金を寄付金等で活かすという発想がない、だからもっと投資しましょう」
とのご高説だが、非常に雑なロジックですね。
米国と比べて日本に寄付金が少ない理由を考えると、
⑴ 日本には飛び抜けた金持ちが少ない(一人当たりの平均寄付額はあくまでも単純平均)
⑵ 米国では飛び抜けた金持ちが寄付しないと妬まれ、馬鹿にされる
⑶ 日本は寄付金の税控除対象が少ない(米国は教会への寄付も対象)
⑷ 日本は市民革命で建国された国家ではないので、自分たちの手で富の再分配をするのではなく、お上(国、自治体)に任せようと考える(別に悪いことではない)
特に4番目の論点は大事で、日本が国民皆保険制度を実現しているのに対して、米国では貧困層がまともな医療を受けられない。
そんな状況で米国の富裕層が寄付さえしなかったら、それこそ救いが無さすぎる。
つまり、米国は寄付がないと持ちこたえられないくらい不均衡な社会だと見ることもできる。
日本の社会保障制度は税金や社会保険料で賄えないくらいに手厚くて、むしろここからどうスリム化するか知恵を出さなくてはならないのに、「公共心がないから寄付しない」という暴論はとても耳障りですね。