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映画『オッペンハイマー』の「被爆地描写」批判が「的外れ」だと言えるワケ

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  • 保険会社(フランス) Data engineer team leader・道産子

    「昨秋、広島の原爆資料館を訪れる機会がありましたが、外国人観光客でごった返していました」

    この広島平和記念資料館ですが、実は2019年に展示が大規模に更新されています。

    その意図するところは当時の館長が書いた「広島平和記念資料館は問いかける」(岩波新書・必読です)に詳しいのですが、新しい展示は原爆被爆の実像、核兵器開発の歴史、広島という都市の歴史、の三つのブロックに明確に分かれています。

    ドイツのナチス関連の博物館の多くは歴史の文脈の中で様々な出来後の解説を行う一本道の展示なのに対して、原爆資料館の被爆の展示が核兵器開発や都市の歴史の文脈からは完全に切り離された、徹底して被爆者視点に絞り込んだ展示であることに最初は違和感を感じたのも事実です。

    例えれば一本道の展示が既に縒り合された一本の縄なのに対して、原爆資料館のそれは三本のひもを渡されてそれを縄に縒り合すのは見る側に託された感覚です。「いや、これは難易度が高い」というのが正直な感想でした。

    個人的には映画「オッペンハイマー」も一本のひもです。被爆の被害の描写が無いことには米国でも批判がありましたが、この背景として米国において原爆投下は日本本土決戦が突如に回避され死地に赴くはずだった米兵の生還に繋がった、奇跡と生のナラティブとして語られているという点は重要だと思います。

    米国における原爆批判が戦っている相手はこの「原爆神話」であり、その視点だと被爆の実像という「ひも」を欠いた本作品は不十分だという批判は一応理解できます。

    他方で日本では原爆については死と被害のナラティブが初等教育から徹底的に叩き込まれています。ですので逆説的ですが「被爆の描写が無い」という米国における議論からは離れてこの作品を見ることも出来るのではと思います。日本における原爆の歴史認識により多層的な視座をより合わせる作品になるのではという評価です。


注目のコメント

  • (株)長谷守保建築計画 建築家

    黒人解放に際し、彼らが命を投げ打って戦った結果として、今では心打つ実話の映画が多く見られますが、それと同じく、原爆も本質は人種差別ですよね?
    にも関わらず、日本人は敗戦後はアメリカの言いなりになり、少し経済成長をしたからとアジア人たちを見下すようになってしまった。
    そんなだから、「批判」がきるわけがない。と思う。
    本質は「差別」であり、それは今ではお金や権力を持つ側がそうでない人々に対して行うようになってしまっていて、人種問題同様、大問題なのだと思う。
    原爆で考えなければいけないのはそこで、黒人が自ら戦って勝ち取ったように、自ら戦う覚悟を持つことの必要性を見に染みなければいけないと思う。


  • 技術営業 機械

    記事にあるハリー・ダリアンの一件は、彼のヘマなのかそれとも起こるべくして起こったのかまだ米国内でも十分に消化しきれていない。それでも原爆を開発したロスアラモスの科学者達に、人間の手に負えないものを作り出してしまったと感じさせるに十分だったでしょう。映画の中でもオッペンハイマーは、中性子線の影響を重ねて説いています。

    水爆開発に消極的なのは彼が赤だからか、それとも感受性を備えた普通の人間だったからなのか。映画のテーマはその点にあったように見受けられました。しかし赤狩りもデーモン・コアも海の向こうの出来事と捉える多くの日本人にとって、共感を得にくいテーマなのは確かです。


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