【ミニ教養】プログラミングはもう「不要」らしい
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記事より
AIのゴッドファーザーの格言
なぜ、このDevinが話題になっているかというと、そもそも今年に入り、必須スキルとしてのプログラミングを揺るがすような指摘がいくつか続いていたからだ。
一番話題を呼んだのが、今をときめくNVIDIAのジェンスン・フアンの発言だ。
(中略)
誰もプログラミングをする必要がないコンピューティング・テクノロジーを創造することが私たちの仕事なのです。そして、プログラミング言語は「人間」なのです。
つまり、世界の誰もがプログラマーである。
それがAIの奇跡なのです
(中略)
今後、AIがさらに進化していく中で、僕らが日常話す自然言語で指示を通じて、AIがますますコードを書いてくれるようになる未来は明らかに近づいていく。
ただ、フアンは、それをエンジニアの仕事がなくなる、という視点ではなく、誰もがプログラマーになる、という新たな可能性の方を訴えかける。
これは個人のエンパワーメントなのだ、と。
(中略)
もちろん、NVIDIAの視点からすると、僕ら非エンジニアがどんどんAIを通じてなんとかコードを書こうとしたら、それだけNVIDIAの「GPU」を消費するわけで、そういう意味ではポジショントークでもある。
だけど、それでも彼の発言は一面は捉えている。
「AIがコーディングを引き継ぐことで、人間は生物学、教育、製造、農業など、より価値のある専門分野に集中できるようになる」(フアン)
(中略)
そこで痛感させられるのは、使う側のリテラシーだ。
ここでのリテラシーというのはもともとのliteracyが持つ文字通りの「読解記述力」のことである。
(中略)
むしろ、どういう翻訳にしたいのか、その目的と用途を分かったうえで指示をし、それを評価した上で、さらに改善の指示をできるような「リテラシー」を持っていないと、最終的にはクオリティの高いものは作れない、と逆により痛感している。
次に「必要」な教養とは?
これはプログラミング言語ならなおさらだと思う。
自然言語の指示を通じて「一応動きはするコード」が生成されたとしても、それを「評価できるリテラシー」がないと、それが簡潔で明確なコードかは分からないし、何よりその後の技術的負債になってしまう可能性だってある。
なので、結局は、AIを使う側の「リテラシー」はどこまで行っても必要だと思う。
注目のコメント
生成AI時代の必須スキルは「質問力」「指示力」「評価力」であると考えています。
プログラミング言語を知らなくとも、的確な指示ができればソフトウェアを作成できるのは確かです。しかし、評価力が無いと正しいソフトウェアができたか分かりません。
だから一定のプログラミング教育は必要でしょう。システムエンジニア(SE)視点で意見させていただくと、「プログラミングスキル」というものを皆さん勘違いしています。プログラミング言語はあくまで言語で、しかもかなりシンプルな言語なので、やれば誰でも習得できます。
ただし、『いいコードを書けるか』は別問題で、日本語できるからっていい文章が書ける訳ではないですよね。
そして、『いいモノが作れるか』となるとさらに全く別の話になり、AIに代替できるとは思えません。つまり仕様書っぽいものは書けても『いいモノを作る仕様書』は作れません。
C言語から約50年、プログラミング言語も開発環境も劇的に進化しています。その進化の範疇の話です。つい2年前位まではRPAでプログラマーが消えるとか騒いでませんでした?ビジュアルプログラミングができた時も言ってましたし、進歩しませんね。この数週間で、ここ10年隆盛だった「プログラミング必須説」に反論や疑義を呈すような動きがいくつか目立っています。その論拠となるブレイクスルーを見ながら、今後の「必須スキル」までを考察を試みました。