青葉真司被告に死刑判決 36人を殺害 京アニ放火殺人事件
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36人分のご遺族の悲しみや苦しみはこれからも続きます。
先程ニュースで拝見したら盗用での恨みでなく、
中の方への恋愛感情がきっかけと伝えていて、
愕然としました。。
この判決が遺族の方々の何かの救いになるのであればと願うばかりです。
注目のコメント
36人の方の生きた証について、考えさせられる裁判でした。法廷で36人の方のお名前は、実名と匿名に分かれました。ご遺族の思い、法廷での葛藤… 街の声には様々な意見がありました。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/960818?display=1
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/961604?display=1あくまで責任能力については判断可能だったのかどうかを基準に扱われなければならない。いくら凄惨でも。
それとは別に、あれだけの凄惨な犯行に際し、その罪を負うべき人はいる、ということは言える。
そして、その罪を償わせるために、その罪の重さを実感させるために、わざわざ治療した、という医師がいることも忘れてはならない。
今回の事件は単に人の数だけの問題ではない。
京アニという、アニメ界の将来を期待できる人が多く含まれていた、というところにも注目が集まった。
将来の宮崎駿、将来の新海誠、将来の細田守がいたかもしれないくらいのアニメ界における損失であった、ということは特筆が必要である。
ただ、そうした凄惨な事件を経るからこそ生まれるものもある。かつてハナミヅキという歌は9.11の悲しみの中から生まれたとされる。
犠牲者の横でアニメを学んでいた人が何をするのか、にもかかってくる。結論としては、その国における極刑で処されるのは必然の結果でしょう。
妄想性障害による心神耗弱や喪失を争うしか戦略のない刑事裁判弁護の相変わらずさを置いても、恐らく責任能力自体の減退はなかったという判断は間違っていないところと思われます。
他方で、貧困と困窮の影響を一定認める訳ですが、この点に関して「貧乏だから皆が人殺しになる訳ではない!」ではない、彼自身がどうこうではない社会の貧困への取組は求められると思います。何故なら、安定した生活とケアによる不安の軽減は、まさに疾病によっても言い訳にならない暴力性や社会への拒絶性を、「誰においても等しく」明確に軽減するからです。
他方で、彼の遺伝子ガチャとも言うべき認識の特異性、特性が発達過程で育んできたものについては、協働や役割から疎外されるメリトクラシー的な社会のありようと関連します。しかし、彼自身には最早適用されませんが、やはりそれは因果の長い鎖によって軽減ポイントがあるものです。
異常心理を個人化し過ぎて迷走したのが、心の闇論調であり、それ自体が役割を吹き返すことはないでしょうし、無意味です。
ただ、そこから得られる大きな社会教訓としての全般的な貧困や疎外への取組を社会が忘れれば終わりでしょう。我々の不足というのは、何も加害者擁護のみを帰結する必要はなく、個人の問題ではない何かを放置していることを問われるものに過ぎません。
ちなみに、こうした事の改善策である生活安定とケアなり、協働なりを受容しにくい性質=受援力のなさというガチャにおいて、こうした場所で過激に過ぎる感情発露と正義を述べる男性群にそうしたものが備わりやすいというのが現場での印象ですね。
過ぎた寛容と、過激なルサンチマンに満ちた思考停止の2極化ではなく、何を議論すべかなのか?を異なる粒度で再び考えられる豊かな社会になってほしいものです。
犠牲者の冥福をお祈り致します。