高校野球で急速に「脱丸刈り」 5年で2000校超減 高野連調査
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野球をすると丸刈りにさせられるからサッカーを選択するという子どもも多かったのではないでしょうか。
丸刈りは、規律を維持するために軍隊や刑務所で行われ、刑罰としても行われる国も多い。一方、仏教では悟りの境地に達するための自己への戒めとされていました。
昔は当たり前だと思われていて今も引きずっている改める方がよいしきたりは、意外と多くあります。
どのタイミングで今の時代にあったものに変えていくのかの判断は難しいですが、周りからの意見を聞きながら変える勇気を持つことが、トップには求められると思います。規律を維持することで思考停止状態にさせて競技生活を送ると学生スポーツの短期間で成績を求められる状況では高成績になることが多いですが、考える力を削いでしまって大学やプロになってから伸び悩むケースがあります。
脱丸刈りが目的ではなく、自分達で考えていく能力を身につける上での一つが脱丸刈りなのだと思います。強豪校に進むような中学生の中には「せっかく本気で野球するんなら坊主のところが良いな」とあえて丸刈りの高校を選ぶという子たちも結構いると聞きますし、むしろその環境を楽しんでいるような感じさえあります(たくましい…)一方他のスポーツでもスマートな印象があるアメリカンフットボールだって大きな大会では皆で坊主にして結束するというのは良くあることです。
丸刈りが「軍隊的とか古い時代の管理の象徴」であるかどうかを決めるのは第三者の大人ではなくて、当事者の子供達なのでは?大人達の感覚が古いというか、大きなお世話っていう可能性も無くないですかね。
要は「そんな議論既にもう一周廻ってしまってるんじゃないですか?」っていう。