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安倍首相主導で対策連発 「後手」批判意識、現場に混乱―新型コロナ

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  • 静岡県立大学 特任教授

    現場の混乱や周章狼狽ぶりが目に浮かぶようだ。あちこちから恨み節も聞こえてくる。

    「なんで安倍さんはこんなことを言うんだよ。命じられる立場になってみろ。何をどうやってやれと言うんだ。現場で働いたことのないボンボンだから、そんなことを平気で言えるんだ」

    そうした安倍首相に対する怨嗟の声を聞きながら、私が静岡県の危機管理に関わるようになった2012年6月のことを思い出している。

    危機管理部の幹部を集め、「明日、指定されている津波避難施設を見に行く」と言ったら、危機管理監から「急に仰られても」と返ってきたのだ。

    私は厳しく指摘した。「大災害は急に来るんじゃないのか!」

    大災害は奇襲攻撃のようなものだ。それに備え、被害を局限し、人命を守り、復興につなげるのが危機管理だからである。

    私は平時の組織である行政と、有事に備えて訓練している自衛隊との文化の違いを説明するハメになった。

    自衛隊が実施している訓練で、行政が経験することのないもののひとつに「決心」がある。瞬時の意思決定である。

    例えば、敵と対峙している部隊に対して、腹背に敵が出現したという状況が与えられる。「3時(東側)の方向、敵歩兵100,戦車4両。中隊長、決心!」という具合だ。正面突破か、迂回攻撃か、それとも退却か。最も適切と思える判断を求められる。

    そうした訓練に耐えながら、自衛隊の有事即応能力は維持されている。だから大規模災害への迅速な投入も可能になる。

    自衛隊の現場だって文句は出る。しかし、即応しなければ自分の家族も含めて国民の生命が危うくなるから、できる限りのことをやる。

    上級指揮官になるほど独断せざるを得ない場合が少なくない。唐突で場当たりの連続が臨機応変というものだ。政府の頂点に立つ首相が孤独のうちに決断を迫られるのは、いわば必然でもある。

    今回の新型肺炎で、政府の危機管理に問われていることのひとつは、即応能力に関する理解の欠如と「決心」という訓練の不在ではないかと痛感させられている。


注目のコメント

  • 事業会社社長/経営コンサルタント

    以前にも書いたが、今回の政府対応については(クルーズ船以外)クリティカルな問題はなく、おおむね妥当な対策を取ってきた。それにも関わらず、ここ最近は印象論で批判する野党や世論に流され、「可能な限り重症者の発生と死者数を減らす」という政策目標から離れた対策を取り始めている(その典型が現段階での中韓への検疫強化だ)。
    
    医療・公衆衛生リソースが無限にあるなら別に構わない(僅かでも効果があれば実施すればいい)が、実際にはそうではない。医療・公衆衛生リソースが希少なのは、感染症専門医の数が少ないことや医師が必要と判断したPCR検査が保健所の人手不足を理由に断られていることからも明らかだ。さして意味のない対策にリソースを配分する余裕はなく、それが原因で高齢者・基礎疾患のある人の感染予防や重症患者の救命に支障をきたすようなことがあれば、それこそ政府の責任(人災)だ。

    企業にとって経営資源の最適配分は非常に重要な課題だが、それを分かっているはずの社会的地位の高い人が、今回に限ってそれを無視した政治判断を支持する理由がよく分からない。印象論で批判する野党や世論に流されず、当初の政策目標に照らした合理的な対策を継続してほしい。


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    小説家

    「丁寧な説明」の問題じゃない。首相と今井尚哉首相補佐官の科学的根拠のない独断そこが問題。「首相主導」を、独裁と勘違いしている。


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