【証言】FAに翻弄された男「選手のため制度であって欲しい」

2020/2/10
プロ野球を再定義する。取り上げてきたFA制度を成り立ちから遡ってきた。数々の改善点が浮かび上がるが、実際に行使をした選手は何を感じていたのか。現在はプロクリケット選手として活躍する木村昇吾に聞く。

きれいに去った人はいない

「苦しんでいますもん、みんな。FAをとって、きれいに去っていった人、いなくないですか?」
 そんな問いかけをしたのは、自身もフリーエージェント(FA)権を行使したことのある元プロ野球選手の木村昇吾だ。
 広島時代の2015年オフに海外FA権を行使し、新天地が1カ月以上見つからなかった木村は「勘違いFA」とファンに揶揄されたことがある。移籍先が決まらないまま自由契約となり、2016年に西武の春季キャンプにテスト生として参加した。FA権を行使した選手が、テスト入団するのは初めてのケースだった。
 1993年に導入されたFAは各球団の思惑が複雑に絡み合って制度設計され、現在まで決してうまく機能しているとは言えない果たして選手はどう感じているのだろうか。現在プロクリケット選手として活躍する木村が、当事者の立場から語る。
木村昇吾(きむら・しょうご)1980年4月16日生まれ。大阪府出身。2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現・DeNA)に入団。2007年オフ、広島カープへ移籍すると一軍に定着、ユーティリティープレイヤートして活躍。2015年海外FA権を行使。移籍先が見つからず、テスト生をへて西武ライオンズに入団した。2017年、西武を退団。現在はプロクリケット選手として活躍。
──木村さんは2015年オフにFA宣言しました。権利を行使する前、どんなことを考えましたか。
木村 最初(2014年)に国内FA権をとったときには残留し、翌年海外FA権を行使しました。FA宣言した理由の一つは、小学生の頃、文集に「10億円プレイヤーになりたい」と書いたことです。
 当時、小学6年生で150センチくらいしかなかったけど、敵チームで180センチくらいあるピッチャーの球を打ったり、抑えたりしていたので、自分が大人になって180センチくらいになれば、もっと活躍できると思っていました。根拠のない自信がずっとあったんです。
 そうやってプロに入り、なかなかうまく行かないこともいっぱいある中で、FA権をいただきました。広島にいた当時は内野、外野、キャッチャーでもスタンバイし、役割で言ったらジョーカーですよね。なんでもできちゃう。
 ジョーカーってゲームのとき、絶対最初に出さないじゃないですか。なんかあったときに、最後に出す。ということは、ベンチに置いておかれることになるじゃないですか。僕がいるから誰かを使う。そういう感じで試合に出られなくなりますよね。
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──先発出場は減りますね。
木村 誰かがケガすれば、その代わりとして出る。シーズン途中からレギュラーという年を3回ほどやらせてもらいましたけど、シーズンが変われば、また控えから始まるという状況でした。
 でもジョーカーという役割をやったおかげで、チームの評価、査定の面では下がらない。普通は試合に出なかったら、下がるじゃないですか。でも本部長から、「いることに価値があるから、下がらないよ」という話をいただきました。
 広島時代の最後、年俸が上がっているんですよ。1軍で年俸4000万円くらいもらっていました。客観的に見て、良くないですか?
 でも、僕が望んでいたのはそうではない。「10億円プレイヤー」と小学生のときに書きました。レギュラーでバンバン試合に出て、という気持ちの自分がいたわけです。
 でも広島でジョーカーの役割になり、試合に出ないで満足することはないけど、「次、次。明日、明日」と切り替えがパッとできてしまっていた。そういう自分にイラ立ちを感じたんですね。「10億円プレイヤーになりたい」って言っていた自分が、「たかが4000万くらいで安定して、何を満足しているの?」ってなったわけです。
──2014年、国内FA権を行使せずに残留し、いろいろ考えてそう行き着いたのですか。
木村 そうです。最初に残留したとき、(監督の)緒方(孝市)さんを胴上げしたいと思いました。
 でも、それはそれとして、自分に対して腹が立ちました。だから自分が変わらないといけない、何かきっかけがないといけないと思ったとき、FA権があったんですよね。だから、FAありきで考えてしまうじゃないですか。
 自分はレギュラーとして1年間やったことがない。シーズンの半分に出て、打率3割2分を打ったことはある。これ1年間やったら、どうなるんだ? 知りたいじゃないですか。
 それでFAして、(新天地が決まらないという)ああいう感じになったので、「身の程知らず」とか書かれましたけど、そうなんですよ。知らないから。知りたかったんですよ、まずは。
 選手はみんな、他のチームの評価を聞きたがります。一体、自分はどう見られているのだろうか?
 FAになったら、だいたいの選手は大きなお金をもらいます。そこの金額を聞きたいのが本音だし。言うたら、ヘッドハンティングじゃないですか。待遇がいいところに行って、何が悪いという話ではあるんですね。
 ただし普通の会社と違うのは、そこにファンの人がいることです。
【証言】「裏金時代」にできたFA制度の思惑

「雇う、雇われる」ではない対等さ

──選手は自分で獲得した権利を行使している一方、ファンは選手に愛情を注いできたからこそ、FAで移籍すると「裏切り者」と感じる。ファン心理としてはわかりますが、選手にFAを「宣言」させるシステムが「踏み絵」のようだと感じます。
木村 踏み絵です。例えば2018年オフだったら、形としては丸(佳浩/広島→巨人)や浅村(栄斗/西武→楽天)が自チームに仇を成しただという話じゃないですか。でも、それは違う。
 FAは制度として認められています。個人的には、FAは「自動行使」でいいと思う。むしろ、そうしてほしい。
 FAは長く活躍した選手がもらえるという意味で、“ご褒美”という感じです。ご褒美なのに、FA権を行使した結果、ファンに恨まれる場合もある。それで一番損するのは選手です。
──選手会の総意としては、自動FAにすると行き場をなくす選手も出かねないから、今のままがいいということでした。
木村 状態が下向きのときにFA権を獲得して自動的にFAになると、どこも契約してくれないリスクは確かにあると思います。
 球団の経営も考えると一概に自動行使がいいとは言えないかもしれないですが、「選手のための権利」ということを大前提に置いてほしい。選手のための権利であるのであれば、選手のためのシステムにしないといけない。球団のためのシステムではないですよね。球団が選手会に認めた権利です。
 球団と選手はどっちが上とかではなくて、どっちも大事じゃないですか。でも、どうしても日本では球団が上で、選手が下にいる。雇われる方と雇う方という意味では仕方がないです。
 でも、お互いの人権というか、権利を尊重しないといけない。FAは“ご褒美”のようなものだと思いますが、それを制度的に認めるのであれば、自動行使にして選手ファーストのための制度にしてほしいなと思います。
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──そういう話を選手たちの間でしていますか。
木村 していますよ。でも、やっぱり選手の立場が弱いんですよね。
 例えば契約更改でも、球団側は「はい、この金額な。気に入らんのか? じゃあ、来年はもういいぞ」という感じのこともありました。こっちからすると、「交渉って、そういうものなの?」って感じましたね。
 僕は2017年にクビになり、アスリートとしてクリケットを続けていますけど、世間に出たという意味では正直、社会人1年目くらいの感覚です。会社をつくって、お金がどう生まれるとか、社会の仕組みを2018年から勉強し始めたようなものです。
 今までプロ野球選手としてお金を稼いでいたけど、野球をやっていればお金が来るというシンプルな話でした。野球教室をやれば、2時間で5万円、10万円が謝礼として来る。普通の職業ならあり得ないじゃないですか。
 その10万円がどうやって生み出されているのか。スポンサーがいてとか、そういうのを選手はほぼほぼわかっていないわけです。
 僕は選手時代にそういうことを考えていたので、ある程度は見たり、聞いたりしましたけど、実際に自分で会社をやることによって「なるほどな」と知ることが多くありました。
 僕はプロ野球で15年やった人間ですよ。それが38歳くらいで初めて知ることを、球団で経営をやっている方は大卒からずっとやってきて、50歳とかになっている。選手が交渉で勝てるわけがないじゃないですか、という話なんですよ。経営やお金、契約に関して向こうはプロ。僕らは野球をやるプロであって、お金や契約のプロではない。どう考えても勝てません。
 交渉のときに球団側からボンと来られて、選手が飲むのは仕方がないと思います。だから弁護士や代理人がいて、対等に話できるようにしないといけない。アメリカでは代理人がいて、カバーしてくれていると思います。
──日本でも公認代理人が認められていますが、球団側が嫌がり、活用が進んでいないのが実情です。そうした状況を変えていくには選手たちが問題意識を持ち、選手会として主張していくしかないと思います。
木村 僕の場合、例えばFAについて考え出したのはFA権をとってからです。自分がFA権を取るとはまったく考えてなかったから、FAについて考えもしませんでした。
 日本とアメリカでは様々に違うから、アメリカと違うFA制度が日本にあってもいいと思います。仮にFAの権利をとったら自動行使になるとしても、例えば最初に交渉する権利を所属球団に持たせる。それでクビになる選手もいるかもしれないですよね。それは仕方ないじゃないですか。でも、他に手を挙げる球団がいるかもしれないし。そこはそことして、自動行使をさせてあげるべき。
 だって、苦しんでいますもん、みんな。FAをとって、きれいに去っていった人、いなくないですか?

FAで移籍することの精神的なプレッシャー

──いないですね。
木村 よくやられるのは、FA宣言した選手の「その後の成績」。
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──成績を落とす選手が多いですよね
木村 そうやられるじゃないですか。そういう統計が出ている。ということは、選手たちは自信があっても、「先人たちがやってきてダメだったということは、自分も同じようになる」と思ってしまうかもしれない。そうなると、せっかくの権利をとっても活性化されることなく、逆に衰退していくような制度になっていると感じてしまうじゃないですか。
 僕は横浜(現DeNA)に5年、広島に8年いて、最後に西武に行きました。セ・リーグとパ・リーグの違いを知れた。外から見ているのとは全然違いました。「こういう野球もあるんや」とすごく勉強になり、自分の人生としてすごく厚みが増したと感じます。
 稀代のスラッガーの中村剛也がいて、ヒットマンの秋山翔吾(現レッズ)がいて、浅村もいて、怪獣みたいに打つ森友哉もいて、栗山巧もいる。そのチームにいるだけで楽しかったですから。そんなことはFA宣言をしなかったら味わえなかった。
 もちろん成績も大事ですけど、そういうところで人間って成長していくと思います。結果が良かった、悪かったは仕方がないじゃないですか。
 FA宣言をした後、悪い結果が出やすいという一つの理由に、いろいろ悩みすぎてとか、ファンにたたかれてとか、メンタル面にどうしてもマイナスの要素が多い。そのマイナスを払拭しようと思って、いつも以上に力むということもある。
 言うたら、それまでの年とは環境が違うわけじゃないですか。ということは同じ選手でも、移籍前のA選手と移籍後のA選手では“違う人”になっちゃっている。メンタル面という意味ですよ。なるべくその差をなくすようにやってあげるのが、制度の意義だと思うんですよね。
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──FAで移籍した後に活躍する選手が少ないのは、取得年数が長すぎて、ピークを過ぎていることが考えられます。木村さんは35歳でFA宣言しましたが、不安より、挑戦したい気持ちが上回ったのですか。
木村 年齢も年齢だったので、このままカープにいても、田中広輔も出てきていましたし、菊池(涼介)もいましたし、「自分はどこで出るの?」って。サードだったけど、(エクトル)ルナが中日から来ることがわかっていたので「出れへんやん」と。誰かがケガするかもしれないけど、また待って、待ってでは、「俺、終わっていくよ」と思ったんです。だって賞味期限ってあるじゃないですか。
 体は今でも元気ですけど、「30歳を超えているから」と球団は判断するし、人はそう見るわけじゃないですか。僕と同じ力がある25歳の選手と、僕は35歳、「どっちを選びますか?」と言えば、明らかに25歳を選びますよね。
 それならFAを宣言して、レギュラーでやらせてもらえるところを求めに行きますよね。勝負させてくれって。勝負させてもらってないのに、待って、待って、待ってだったから、知りたかった。勝負してダメだったら、納得いきますよね?
 勝負させてもらえなかったのは、自分の能力がないから仕方のない部分もあるんですけど、「他の球団は違う評価をしているよ」となれば、「じゃあ」とならないですか。それが、他の球団の話を聞きたいということにつながるし。
──おそらく選手全員が他球団の評価を聞きたいでしょうね。
木村 はい。
──その上で残留を選ぶ道もあるのが理想ですね。
木村 「俺はこのチームにいるのがいい」と考えて、FAしない選手もいます。でも、結局残留した選手でも、悩むわけです。カープでFA権を持っている選手で、何人か電話がかかってきました。一人は「使います」と言って、結局残りました。
 選手が考えることは、家庭環境や、奥さんが関東出身とか、自分が関東出身とかいろいろあります。
 でも制度として一番大事なのは、FAは選手のための権利だということです。選手が気持ちよくプレーできるような環境、システムをつくってほしいなと思いますね。
(執筆:中島大輔、編集:黒田俊、バナーデザイン:松嶋こよみ、写真:中島大輔)