出口治明「日本に必要な"変態"の作り方」 - 尖った人材を尖ったまま育てる
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注目のコメント
【人事戦略デザイナーの視点】
日本でも、明治維新の前後では、かなりの尖った人材が育っていた。
もっと最近では、年功式制度の時代でもそこそこ尖った人は育っていた。
正確に表現するならば、最近の日本の人事制度では、尖った人材が育たなくなったということ。
背後にあるのは、欧米型の個人主義的、結果主義的評価、いわゆる絶対評価やコンピテンシー評価が導入されたことだ。
この変化点をきっかけに、日本の国際競争力は落ち続けている。
あれだけ手間ヒマかけて評価をしたあげく、マネジメントスキルの高くない上司に評価されることによって、部下たちはやる気を失う。
高額なコンサルフィーを支払って制度導入したので、人事部もおいそれとこの評価方法から撤退できない。
この悪魔の循環により、日本企業の競争力は低下の一途をたどっている。
皆さんの周りで、絶対評価やコンピテンシー評価で、業績が向上したり、素晴らしい人材が育ったという話を聞いたことはあるだろうか?
残念ながら、私はまったくそんな話を聞いたことがない。
日本企業の経営者は、ぼちぼち目を覚まさなければならない。偏差値コースが東大なら個性派コースはAPUが引き受けるという出口学長。iUもIT分野でそちらを引き受けたく。APUは起業部を作りました。全員起業のiUも連携したく。追いかけます。
”「日本に必要な"変態"の作り方」”
個性的な人の事を変態と言っています。
変態という言葉にはあまりポジティブな印象はないですが、個性をならすより尖った山をいっぱい作ったほうが面白そうな社会になると思います。
変態という言葉が社会的にもっと受け入れられるような日本になっていけばと思います。社会で活躍している人は基本的に変態だと思います。