「失敗力」の育み方 学校での実践と大人の意識改革
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私は昔、失敗が怖くて初めの一歩を踏み出せないことがあったけど、もっと大きな視点で物事を考えたときに
「目先の失敗にびびっていると人生失敗する」と思ったので、
今は少し怖くてもなんでも挑戦するようにしています。
注目のコメント
言うは易し、行うは難し、ですが。学校での教育の成果は、生徒たちがどう振る舞い、どう成長しているか、に全て表れていると考えるので。Forbesの連載コラムで、初めて私達の学校について書くのにあたって、敢えて、学校が何をしているか、ではなく、生徒にフォーカスを当ててみました。
世界中から生徒たちが集まってきていること、皆様からの「ふるさと納税」によって毎年7割の生徒たちに奨学金を給付していること、などはよく知られている(?)かも知れませんが。意外に知られていない、私達が大切にしている3つの力※、の2つめと3つめについて、実例を中心に綴っています。
注※:「多様性を活かす力」「問いを立てる力」「困難に挑む力」を培ってもらええうような学校を目指し、現場の全員で学校運営に臨んでいます。なぜ「失敗力」が育まれないのか?
振り返ってみると、失敗したくないという気持ちを持つようになったのは、答えを間違えたくないと考えることがきっかけだと思う。
つまり、先生から出された問題に答えるときの、嫌な気持ちだ。正解のない問題を、それぞれの考えで答える楽しさを覚えるといい。
また、価値観が変われば答えも変わる。国籍が違えば、感じ方や考え方も違う。違う価値観の人と接することは、多様性を認識して、それを活かす力を育む機会になる。
人と違ってもいい、先生と違ってもいい、自分の考え方を大切にしよう。学校で生徒ができる失敗ってなんだろう? と考えてしまいました。
失敗には挑戦が付きものですが、挑戦の場があまりにも少ないように感じます。挑戦がなぜないのか? それは生徒側からの提案があまりにも生まれにくい構造だからではないかと。
そして、そもそも教員自体が失敗をしにくい風土になっていることを見過ごせません。二重に三重に失敗がしにくい土壌ができてしまっています。
まずは教員に失敗してもらいませんか?
子どもは挑戦して失敗している大人を尊敬するように思います。