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他人が好きでやっていることに理詰めで問うてみたり、馬鹿にするようなことは決していけないと思う。ただ、もしかすると、そうなってしまっている時もあるかもしれないので、自分の行動も振り返って注意はしたい。
殆ど全ての人がそうだというのに、「なぜか存在する」などと思うのは、これまで余程他人の価値観に関心がなかったとみえる

逆に理解されたことなどあるのか
なんでも自分のモノサシで測り尽くせると思ってる方は確かにいらっしゃいますね。苦手なタイプです。
趣味というものは行為そのものが目的みたいなところがあるので、役に立つのかという問いには答えづらいところ。面と向かってそのように問われた経験はないのですが、言われることを想像すると悲しい気持ちになります...
自分が欲するように欲望のままに物事を解釈し,客観性や実証性を軽視または無視する態度.「反知性主義」.日本の「知」の体力は平均として下がり続ける一方,格差が広がりつつある.
私の場合は誰もやっていないこと、やっている人が少ないことをやっているのは誰からも理解されなくてもワクワクしてやれます。
半面、みんながやっていることを必要だと言われてやってもワクワクしません。
他人に何を言われても気にならない人が、理由が良くわからないことをやっていると思います。
まあ、人それぞれだから世の中うまく回っているのでしょうね。
自分の方が優秀だと思っていたいから。

自分がわからないものや、やっていないものに価値がなければ、自分の価値が下がらないと考えているから。

だから認めたくない。さらに、見下すことで、自分が優位に立ちたい。

人それぞれだと思えば、そんなことを考える必要はないし、優劣もない。

まずは、周りにそんな人がいたら、スルーしましょう。
NPコメント欄でも、政治記事へのコメントに対するコメント、はたまた某特集記事で、こういう事態を目撃するし、悲しい気持ちになります…

自分との価値観の違いを認識する、その背景にあることを探る、価値観の存在を許容する…無理にわかり合おうとしなくとも、並び立つことはできる、と考えます。
多様性を主張する人ほど自分と違う意見に不寛容なのは何故?