18年連続赤字のハウステンボス再建に乗り出した理由
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注目のコメント
澤田社長に、直接、再建を頼まれて最初の2回はなぜ断ったのかお聞きする機会がありました。
答えは「テーマパークを作ってはいけない場所に作っているから」でした。
1、足元の市場がない
ディズニーリゾートは、関東3000万人の市場に加え、全国から。USJの関西市場もなかなか大きい。しかし、ハウステンボスは、佐世保市。長崎市を加えても100万人もいない。
2、全国からのアクセスが悪い
ディズニーは、東京駅から電車で30分だが、ハウステンボスは羽田空港から飛行機で1時間半からのバス1時間。アクセスが悪いと、1度目は来てもリピーターが生まれづらい。
3、敢えてゆうなら天候も悪い
「長崎は今日も雨だった」という歌が有名だが、やはり、よく雨が降る。雨が降ると、テーマパークの集客はだいたい晴れの日に比べて3割落ちる。
…この上で3度目の依頼で覚悟を決めて自ら再建に乗り込む。
やっぱり凄いと思います。”かといって単に情にほだされたのではありません。
果たしてハウステンボスは再生可能なのか、支援要請を受けてから5カ月ほどかけて入念に分析しましたし、再建に当たっていくつか条件を出しました。
まず財務内容の改善です。ハウステンボスは100%減資、エイチ・アイ・エスのほか、九州電力、西部ガスなどの地元企業が新たに出資しました。
そこで金融機関と交渉し、債権の8割を放棄してもらい、残りの2割は増資で得たお金で弁済しました。これで借金はゼロになり、黒字を続ければ倒産する心配はなくなったというわけです。
また佐世保市からは固定資産税納付額に相当する額を再生支援交付金として10年間受け取る約束も結び、さらに「もし3年頑張っても結果が出なければ、経営から手を引かせてください」という条件ものんでもらいました。
チャレンジにはそれだけ入念な準備が必要です。私はあらかじめこの点をクリアにして再生に臨みました。
だからハウステンボスについては再建を引き受けた時点で、半年~1年後の黒字化はほぼ見えていたと言っていい。勝負は事前の交渉でついていたのです。”
この記述に、経営者としてのしたたかさも伺えます。情と論理を兼ね備えた経営者像が垣間見得ますね"住民票も佐世保市に移し、パーク内のホテルでの生活の始まりです。当時、1カ月のうち、3分の2近くの時間をハウステンボスに費やしました。"
震えるエピソードですね。「事前交渉でほぼ目処が立っていた」とありますが、佐世保市長から見ると、三顧の礼をしたことで澤田さんがその気になった時点で半分くらい勝算が見えたのではないでしょうか。そのくらい大経営者なのに意気込みがすごい。