【荻上チキ】「分ける教育」から、「混ぜる教育」に脱皮せよ
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テクノロジーが教室の中で普及すれば、個別習熟度別学習が進んで「混ぜる教育」も可能になるかもしれません。
特別支援学校における教育用コンピュータ 1台当たり児童生徒数は、2.7人と他のどの校種よりも整備されてます。小学校は6.3人、中学校は5.5人(※)。
ただ、やはり現時点では教員の方々の負担が大きく、「混ぜる教育」を行うには教員の働き方改革が必要と考えます。
※文科省「平成29年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/08/29/1408157_001_1.pdf文京区の低所得家庭を支援する「子ども宅食」事業に関わっています。そこで気づいたことは、情報共有の制約により、困った方へ支援を届けられていない現実でした。
個別支援の重要性は共感しますが、単純に行政の役割を大きくしても、必ずしも効果が高まらないことを危惧しています。行政よりも、企業・NPO側で社会課題解決の担い手をすこしでも増やすことが先決だと考えています。教育や年金をパーソナライズしようとすると、どうしても「大きな政府」になっていく。リベラルとして自然なことなのかもしれないが、いまの時代にそれは簡単ではない。
ただ、テクノロジーを使い倒せばそれも可能だ。具体的にはデータとAIの活用。例えば、ボットと会話しながら、どのくらいの年金がほしいかを決めていく。
そこで、マイナンバーやマイナンバーカードについて触れてほしかった。これは民主党政権で成立し、自民党政権で実装しているが、複雑骨折のようになっている。
もうひとつ触れてほしかったのは「家族のあり方」。保守政権で従来の家族観を変えるのは限度がある。ただ、新しいかたちが必要だろう。
例えば、上野千鶴子さんは「孤独死」を「在宅ひとり死」と前向きに認めてはどうか、と提唱している。これまでの家族観だと、子供との同居や近居を奨励することになるけれど、それだけで状況が変わるとは思えない。
子育てについても、家族のあり方をアップデートすることはできないのだろうか。
全体を通して、評論にとどまらず、具体的な提案に踏み出し、著書では「より実効的なアイデアがあれば、私はすぐにあなたのアイデアに転向します」という姿勢がいい。