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あるべき自分と、今そこにある自分とのギャップに絶望する、というのは誰にでもあることですよね。
特に若い時は、そういう気持ちになりがちで、もしかしたら今の自分ではない、別の自分がいるのではないかと考え、自分探しのようなことをやってみる、というのは人間なら誰でも一度は通る道です。

でもある時に気がついてしまうのですよ。
「理想の自分」なんてどこにもいない。
鏡の前にいるのは、ただ老い、若い時の精悍さも失われ、頭もちょっとハゲて、体型も崩れ(この辺は人それぞれ)、およそカッコいいとは言えない中年の男だったりすることに。

そこで初めてわかるのです。
現実を受け入れることの残酷さと大事さを。

私はこれを、「オジさんにクラスチェンジする」と呼んでいます。

しかし、オジさんが強いのはここからです。
なんでもできる理想の自分なんていないとわかっているので、人を使うことを覚えます。
組織、社会と折り合いをつけ、自己の不完全さを補おうとし、否が応でも組織において、そのマネジメントを必然的に強いられるようになるのです。

かくて、NP界ではとかくネタの対象になりがちな「オジさん」が、結果として世の中の支配者となっているわけなのです。

という世迷いごとはともかくとして、歳をとると斯様にこの手の後悔からはだんだんと縁遠くなって行くもので、今あなたが「理想の自分になれなかった」後悔に苛まれるなら、それはまだ若い証拠と言えましょう。

いつかオジさんにクラスチェンジする日がくるまで、頑張って自分自身の育成に励んでください。
それは、後悔するより、まだ自分の育成期間だということの証なのでしょうから。
アクセンチュアやナイキやコロプラで頑張ってたらーとか、起業して頑張ってたらーとか思い返してもそれはそれで仕方ないと思えるのでビジネスの世界のことでは後悔はない。

ただ、ラグビーに関してはもうちょっとあのときちゃんとやっておけば、という思いで40まで現役続け、ラグビースクールのコーチとしても携わっている。それでも「あのとき。」という思いは拭えない。理想の自分というより、どれだけ成長できたのかポテンシャルを追求しきれなかった思いなんだよなあ。
理想の自分になれなかったと嘆くのは死ぬ時まで置いておけば良い。理想を目指して生きていく権利は誰にでも与えられてますし、いつでも遅くはありません。
この前提にあるのは他人と比べるのをやめること、にあると思います。
身体の願いである健康や存続、精神の願いである自由や自己実現、魂の願いである調和や心の一体化。それらの願いに近づくとき充実感が生まれ、離れるときは後悔が生まれます。この後悔と充実感はどちらも後味なので何事もやってみなければわかりません。

基本的に命に関わる事以外はやり直しがききますから、まずやってみて後から考えれば充分だと思います。後味に従い充実感を増やし後悔を減らしていくだけで夢と愛と健康に溢れた悔いなき人生になるはずですから。
取らぬタヌキを想像してニヤニヤすることですかねぇ