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48歳で課長になれなかった男の「以後の人生」

東洋経済オンライン
はじめまして「とくさん」と申します。私は、日系メーカーと外資系IT企業2社で、営業からコンサルタント、経営管理まで幅広い仕事を経験してきました。さまざまな年代や国籍の人たちと仕事をしてきた中で、今でも…
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人生、やはりコツコツ努力をした人が最後に笑えるようになっていてほしい。そして、大きな決断をしてリスクを取った人も報われる社会であってほしい。そういう意味ではこの話は出来すぎているのかもしれないが、いい話だ。
思いがけずいい話だった。(いや、この流れでいい話じゃなかったら朝読む記事としては後味悪すぎるけれど。報われないおしん、みたいな話になってしまう。)

ただ、そもそもここまで継続的に努力ができるということは、相当得難い才能の持ち主な気もします。
こういう話を聞くと、はじめの一歩の鴨川会長のセリフを思い出します…

「努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!!」

歳を取っても、ひるまず、挑戦できるような自分でありたい、と自戒を込めてpickです。
個人的に思うに努力が報われたかどうかというのは運不運もあって自分ではどうにもならないところも多いので大して重要ではないでしょう。

それよりも他の人からは大変な努力を積み重ねているようなことを本人からするとその積み重ねそのものが無上に楽しいと感じられるようにできるかどうかのほうが余程重要なことだと思います。

そうすればいかなる不運に見舞われて不本意な結果となったとしても、それに費やした時間は無駄とはいえないかと。ま、なかなかそう割り切れるものではないですが、個人的にはそうありたいものだと思っています。
大学にもよりますが、私の所属する組織では大学院の学部に相当する部門は研究科といいます。研究科長というと学部長と同等の偉い立場。学内に十数人しかいません。

研究科長の先生がご自身の娘さんに自慢されたそうです
「パパは研究科長になったんだぞ」
娘さんの答え
「パパはその年でようやく課長になれたんだね」
新卒で配属された工場で、現場叩き上げの50代の先輩にメンターになってもらった。最初は失敗ばかりで怒られまくったけど、次第に彼がリカバリー可能な範囲でわざと新人に失敗させているのだと悟るようになった。

彼のリカバリー策を密かにパクるようになって、失敗しても平然と作業できるようになったら認めてもらえるようになり、最後は一緒に徹夜で溶接とか教えてもらいながら製造ラインの改修をした経験が懐かしくなった。
自分もカリフォルニアに移住しようかな。
GRITということなのかな。
きちんとまじめな人は搾取もされることも多いと思うんだけど、転職というリスクを取ったことが道を開かせたんだろうなあと思う。

一歩踏み出すことの前に、地道に努力することが大事(自分が努力しているとは言っていない)。
カリフォルニアに駐在するところまではなんとかなるが、永住できる事業基盤を持つのは格段に難しいと思う。