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このころのアスキーは完全な成長軌道に乗ってました。表参道の交差点を中心に円を書くように、オフィスが拡散してました。そこで南青山の骨董通りにある住友南青山ビルに全部署が集結することになります。

このビルにはアスキー以外に、「世界まるごとHOWマッチ」で売り出していたテレビ番組制作の「イースト」と、黒のイメージの「コム・デ・ギャルソン」の3社が入居してました。まさに時代の先端を走るビルでした。

面白かったのはエレベーターに乗ると、誰がどのフロアで降りるのか、ほぼ100%判るのです。黒服ならば2−3階のギャルソン。Tシャツジーンズならば4−5階のアスキー、それ以外は6−7階のイーストです。

ファッションとメディアが同居していたことは良い刺激になったと思います。霞が関や丸の内では同じ属性の人々しか眺めることはできません。視野が狭くなるのは当然です。

ベンチャーの立地はよく考えるべきでしょう。

そのころから30年ほど経過し、ぼくが創業したインスパイアはまた南青山にもどってきました。現在のビルはFrom1stビル。当時からあった瀟洒なファッションビルです。

このビルの選定には関与していなかったのですが、南青山に回帰する不思議を感じたものです。表参道は新しいようにみえて、じつは古い街です。アスキー時代によく通っていたニッカウイスキーの「うすけぼー」、ラーメンの「だるまや」、銭湯の「清水湯」、スペイン料理の「プエブロ青山」、蕎麦の「古道増田屋」など懐かしい店が残ってます。

南青山に帰る。自宅以外に帰る場所を持っているのは幸せなことだと思います。
あの頃のアスキー裏話は脚色して小説「錬金」のネタにさせてもらいました。
当たり前かもしれませんが、のちに偉人として超有名になる人がまだ20代だったときに同世代として出会っている人は、やっぱりその人も偉人になっている傾向があるなと思います。

後の時代を創る可能性を持つエッジのある人たちといかに出会うか。後に大企業になる会社の数百人規模までのフェーズは、そうした出会いの宝庫だと思います。
【第7話】27歳、アスキーマイクロソフトで働き始めた成毛眞さんは、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、村井純さんといった最先端テクノロジーの綺羅星たちと出会います。
僕が中学,高校生で,「I/O」「月刊アスキー」を読んで,N-BASIC,F-BASICで遊んでいたころだな.早稲田の機械工学科に入学してすぐに,
「早稲田を辞めたければ辞めろ.中退するやつのほうが有名になる.例えば,西和彦はだな...」
とある教授に言われた.西さんは当時,早稲田生の憧れだった.アスキー編集部もマイコン少年の憧れだった.
何かで読んだが,仕事する場が狭くて,風呂桶のなかに入って蓋の上で原稿を書いた者がいたって本当?
巨大帝国マイクロソフトも80年代は完全なるベンチャー。出会いや運は大事ですね。
この連載について
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような生い立ち、人生を送ってきたのか? その深部に迫ることで、イノベーションを起こす源泉をたどる。
マイクロソフト(英語: Microsoft Corporation)は、アメリカ合衆国ワシントン州に本社を置く、ソフトウェアを開発・販売する会社である。1975年4月4日にビル・ゲイツとポール・アレンらによって設立された。 ウィキペディア
時価総額
98.1 兆円

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