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【落合陽一×三浦瑠麗】日本人はもっと好きに生きたほうがいい

NewsPicks編集部
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  • PIVOT CEO

    日本のためを思うことが必ずしも日本のためになるわけではなく、一見、自分のためと思ったことが、結果として、日本のためになったりする。まずは自分の思う道を突き進むこと自体に大きな価値があるのだと思います。

    「結局、日本人一人一人は自分に最適化された戦略をとって、いろんなところに出て行ったり、冒険したりして、自分の好きなように生きていけばいいのではないでしょうか」


  • アニマルスピリッツ 代表パートナー

    カタカナ言葉について、「ルー語」だとか「意識高い系」と揶揄する人をよく見かけます。
    たしかに、明らかに気取って使っているイタイ人も多々見受けられますし、TPOをわきまえるべきだとも思います。伝わらない田舎のおばあちゃんに言っても仕方ない 。

    ただ同時に、これは単にカタカナ言葉が気取っている云々という以上に、日本人の中でも住む世界や文化圏が隔絶していることの表れだとも思います。
    主に外資系企業にいる人間や、未訳の英語がそのまま流通している業界にいる人間にすれば、別に気取っているわけでもなんでもなく、無理やり漢語化、和語化した表現よりも、慣れ親しんだカタカナ言葉の方が理解が早いわけです。
    一種の方言なんでしょう。この点で、カタカナ言葉を嘲笑するのは、地方の方言を小馬鹿にするのと同レベルの言動なのだと思います。

    住んでいる地域は一緒でも、職種や業種によって実は完全に分断された別文化に生きているのに、未だに日本人の同質性や総中流を暗黙のうちに前提としているからこそ、違和感を持つのでしょうね。また、かつては交わることのなかった別文化の存在が、ネットを介して可視化されてしまったが故の軋轢なのだとも思います。
    ちょっとした「文明の衝突」ですね。

    正直、カタカナ言葉を揶揄している人を見るにつけ、「その程度の語彙力もない知識レベルは相当ヤバいよ」と内心思うことも、ままあります。


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    Scrum Ventures Founding Partner

    あ、これ私だw 「僕は今後、日本語はカタカナになりそうだと感じています。ひとつの仮想シナリオは、「カタカナ+助詞+カタカナ」といった感じです。「ジャパニーズをアップデートしないといけない」「これがマストだから」といった文章です。」


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