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「好きなこと」というのは、それが対象であったりプロセスであったり結果であったりと、実際には様々なスペクトルがあるので、自分で短絡的に決めつけると結局自分を苦しめる。案外自分が「好きだと思いたいもの」だったりする。世間に説明しやすい「好き」のパッケージに自分がハマることの方が珍しい。

また、人間というのは、思いのほか対応力があるので、嫌いだと思っていたものでもやってみたら良い部分を見つけられることも多い。

逆に、好きなことであっても(だからこそ)付随する嫌なこと(たいていは人間関係のこじれ)のせいでストレスフルとなり辛い日々を送る場合もしばしば。

好きを仕事にすると、微妙な違いが気になるので、似て非なる仕事になってしまった場合のストレスが半端なくなる。また、義務的に好きなことをやることで、本当に好きだったのかわからなくなってしまう不幸や、気持ちの波で大して好きじゃなくなった時でもやらなければならないこともなかなか辛い。


私の場合、「調べてまとめて伝える」「あまり気づかれていないコンセプトに気がつく」「多くの人々を気づかれないように良い方向に導く」「相手をアンビバレントな状況(嬉し恥ずかし等)に追い込む」「後から振り返れば笑えるようなリスクに他人を巻き込む」、などの行為を好む性分があるので、身近にその端緒を見つけては飛びついて楽しむ、ということを繰り返している。事物の対象や職業、報酬や承認には実は関心がない。

人間はどうせ大したことはできないので、直接間接を問わず、なんらかの形で社会に存在を許してもらうために他者が感じる価値に貢献しなければならない。

お金という形をとると、多くの人からかすめ取って搾取するやり方が最も効率的となってしまうので、「仕事」とはお金とは別だと考えた方が健康的だ。

労働は苦役のニュアンスがあるが、「梱包」の美術家クリスト&ジャンヌ=クロードが言ったように、LIFEとはWORKでありPROJECTなんだと思う(LIFE=WORK= PROJECT)。
本質的過ぎてシビれる。

したがって、多くの人にとって、真に重要な人生の課題は、

「好きな事」と「稼げること」の積集合を見つけることなんかではなく、

「稼げること」と「嫌な事」の差集合を見つけることだ。
仕事の選択=「当事者の神聖な決断」という点に強く同意します。

好きな事とその周辺領域で市場性がある部分を見つけ、自らの市場価値を高める努力をすることに尽きると思います。そして、主体的に企業・仕事を選ぶ。

大企業に勤めることは、終身雇用の安定(という幻想)を得る代わりに、「神聖な決断」を企業サイドに委ねることを意味するため、不一致リスクが高い。

そのリスクを少しでも下げるためには、経営理念に共感する会社を選ぶことと、経営者がその理念を尊重しているかを見極めることだと思います。
そういう企業であれば、将来事業内容が変化しても理念は維持されると思いますので。
“好き”か“嫌い”かとシンプルに峻別できない。あえて言うなら“好き”と心から思えた瞬間は少なかったと感じます。
仕事には辛いとかバカバカしいとか様々なストレスがある。私はそれらを感じた都度、“いいじゃないか、好きでやっているんだから”と思おうと努力してきたのだと思う。自分を説得してきたとも言えるかな。
“好き”というより“執着”できるかどうかが私の軸であったと思います。
エネルギーをぶつける対象なのかどうか? 成し遂げた時嬉しいと思えるかどうか? かな。
おはようございます。一致タイプの会社員(31)です。
記事読んでも、「ふーん」としか思えないので、このままでは将来不一致タイプの部下を潰してしまいそう…
ダイバーシティ重視でいきます。
【雑記】おもしろそう。後でじっくり読もう。
「好きな事」「嫌な事」「稼げること」

というのは、結局、全部、自分の都合でしかないからだ。


自分のことしか考えていない人とビジネスしたい人なんていない。
好きなことを仕事にするよりも、仕事にしたことを好きになれる人でありたい。好きなんてころころ変わる。