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自動運転になっても自動車保険は必要です。

近代法の大原則に「過失責任の原則」があり、「過失」がなければ賠償責任は発生しないというものです。
「過失」は、「予見可能性」と「回避可能性」という、人間の認識が基準とされています。

しかし、近年、事実上の無過失責任が認定されています。
「危険責任の法理」と「報償責任の法理」です。
前者は、危険な物を所有・占有している以上、それが原因で生じた損害を賠償すべきだとするもの。
後者は、あるモノを使って「利益」を上げている以上、生じた損害はその裏返しとして利益を得ている者が賠償するという法理です。

自動運転自動車というぶつかれば危険な物を所有・占有し、それによって運行利益を得ている以上、人的責任は免れないでしょう。

当然、保険も必要になります。
事故率が下がるので、保険料はグンと下がるでしょうが…。
いや、必要ですよ
自動運転=無事故=保険不必要論
は議論が飛躍しすぎ
誰が責任を取るのか?
人かクルマか、あるいは規制当局か。
この議論はまだ途上です。レベル4やレベル5では人は運転しませんが、運行責任者が誰かの問題はあるわけです。
もうひとつ忘れてならないのは自賠責保険です。日本の場合、この強制保険は被害者救済のキモであると同時に、ユーザーの大きな負担のひとつでもあります。また、自賠責保険で面倒見るのが妥当なのか疑問があるような各種補助金の資金源でもあります。少なくとも事故の減少に伴って、ユーザー負担軽減の方向には向かうと思われます。
車が器械装置である以上は、事故・故障リスクがゼロにはならないから、保険需要はなくならない。しかし、事業としてペイしなくなるかもしれない。

あるいは、重大事故は少なくなるが、軽衝突が増加し、簡易で短期(乗車時のみ適用する)の保険商品が主流になるかもしれない。

いわゆる「トロッコ問題」が相変わらず最大の難問だ。つまり、衝突が回避できないときに、社会的費用が相対的に最も軽微な選択行動をとるロジックが内蔵されるとして、そのロジックが選択する行動の相当性・倫理性が悩ましい。

なぜなら、選択ロジックが公開されるとは限らず、社会的費用の最小は必ずしも倫理的ではないからだ。例えば、近傍の通行人・居住者のうち、余命の短いものを瞬時に探索し、その組み合わせで相対的に最小の損害賠償費用となる行動を選択するロジックを、我々は容認すべきなのだろうか?

保険版の「ソフィーの選択」だ。
いるいる
自動運転の自動車の保有者に整備義務が課される限り、自動車保険は無くならないでしょう。
自動車事故での刑事罰は無くなるかもしれませんが。
そんな訳ないやろ( ̄∀ ̄)バグってのはなくならない
アウディ(ラテン語:Audi)は、フォルクスワーゲングループに属しているドイツの自動車メーカーである。 ウィキペディア
時価総額
3.94 兆円

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