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よく言われる言葉に「手術は『手』ではなく『頭』でやるものだ」というものがあります。最低限の手先の器用さがあれば、誰でも手術は出来るようになる。外科医なら誰もが一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

医学部に入れるくらい勉強が出来て、イチローのような運動センスに溢れた人しか出来ないようなものが「手術」であったなら、「手術が出来る」という人は世の中にいなくなってしまう。そういうことなのでしょう。

>単にゆっくり切ればいいんじゃない。ビュッとはさみを走らせつつ、パッと止める。これができないと駄目です。

天野先生が上記のように話しているときにイメージしているのは、ハサミで紙を切っている映像ではないと思います。心臓の表面にあって心臓と一緒に拍動している冠動脈という2mmにも満たないような血管に、ポッツ剪刀というマイクロ手術用のハサミで一太刀入れる映像だと思います。その一太刀に失敗は決して許されません。それが天皇陛下の冠動脈であろうと天皇陛下ではない患者さんであろうと。

私個人としては前述した「最低限の手先の器用さ」では、手術を執刀する立場となるのには不十分だと思っています。生まれながらにして持ったもっと高い次元の運動センスが絶対的に必要だと感じています。それが、天野先生が得意とする冠動脈バイパス手術であれば尚更です。

さらに、心臓手術は技術的に許される幅の少ない手術です。天野先生と言えども気を抜いた術中の一手が出てしまうと、私のような一般的な外科医の手術より下手な手術をしかねないのがこの世界です。もちろん、天野先生はそれがわかっているからあれだけ自分に厳しい生活を送られているのだと思います。年間400例の心臓手術にその一瞬たりとも気を抜かない。そして、教授として大学病院院長として、ある意味公人としても活動されている。尋常なレベルではありません。

さて、今日は日曜日ですが朝から手術を予定しています。私も頑張ってきます。
私も昨年、母をなくしたのですが、親孝行できていたかというと、全く自信はありません。
しかしながら、親としての自分を省みると、子供に親孝行してほしいなどとは微塵も思っておらず、ただ元気で、笑顔で生きてくれたらそれで良いと思っているわけで、それ以上は望んでいません。そう考えると、最低限の子供の役割は果たせたのかなと勝手に思っています。

天野先生の御母堂も、きっと天国で喜んで見守っておられると思います。

そんなことを感じた今日のエピソードでした。
"手術の前には、何度も手術の様子を思いうかべて、細かく対応の確認をします。こうすると、手術中に何かあっても次の方法が思いうかぶので、落ち着いて行動ができます"

むかしサッカーのストイコビッチとプラティニに話を聞いた時に、同じことを言っていました。90分、試合の流れを想像するんだそうです。うまく決める時、ピンチから巻き返す時。ジャンルは違っても、名人は同じことをしているんですね。感服。
泣いた。。(ただの感想)

引用
親孝行したいときに親はなし、とはよく言ったものです。「自慢してもいいよ」という頃には、親はいないんですね。
オフポンプ手術。
つまり、心臓を止めないで、2mmの冠動脈を縫っていく。
唖然とする程の才能と自己管理能力が必要かと。
http://president.jp/articles/-/14053?display=b
道徳の教科書に載った自身のコメントに、自分自身が思いを新たにした、と感想を述べていますが、言語化・可視化の一つの力を実感させられました。
大切なことはできる限り言語化・可視化してみたいと思いました。
天野篤少年はプラモデルと漫画、百科事典に夢中でした。幼き日の好奇心と創造への憧憬が、外科医への扉を開けたのですね。天皇陛下の回復を願われて皇后さまが詠まれたお歌に触れ、改めて天野先生への感謝を募らせています。
医師の技量という観点で、記事とともに奈良原さんのコメントが、なかなか知ることの少ない医療現場の理解を進めてくれます、面白かった。
この連載について
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような生い立ち、人生を送ってきたのか? その深部に迫ることで、イノベーションを起こす源泉をたどる。