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「紙幣や国債は返済する必要がない」は本当か

東洋経済オンライン
「財布に入っている1万円札が日本銀行の借用証書であり、お札の持ち主が日銀に1万円を貸している」と考え…
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誤解があるようですが、「返済する必要がない」ではなく正確に言うと「残高を減らす必要がない」です。国債には償還期限がありますが、日本に限らずほとんどの国では実際には借り換え債を発行して返済を実質的に繰り延べています。よく政府の借金を住宅ローンと混同して残高を払い切らなければいけないと思っている人がいますけど、借り換えることが出来る限り返済は繰り延べられるのです。問題はその借り換えが可能かどうかです。日銀が保有する国債を永久債に借り換えればその心配もかなりなくなるのですがね。
この先生、馬鹿じゃなかろうか?

紙幣と国債を同一次元で語る時点で無茶苦茶だけれど、「返済されるべき」とこの先生が仰る状況とは、国家や日銀を「清算する」ような究極的な場合のみです。個人が死ぬ時には資産と負債を一旦清算する必要があるが、国家や日銀は半永久的に存続することが前提なので、清算を前提とした議論を持ち出すだけで、無意味な机上の空論です。

国の借金などというとそれだけで一般人は思考停止になり金額の大きさだけがプレッシャーになってしまいますが、平たく言えば零細企業の資金繰りと同じことです。庶民としての視点で言い直せば、

1. そもそも全額返済など考える必要はない。1000兆円の借金など返せるはずがないと煽るような論調は、あたかも1000兆円返さなければならないような勘違いをさせるが、全額返済などする必要はない。企業が存続する限りバランスシートに常に負債があって良いのと同じで、国家が存続する以上、政府のバランスシートには常に負債残高があって良い。

2. 借入なしで実現できる行政サービスの総量より、借入して実現できる行政サービスの総量が増えるなら、国は行政サービスの最大化のための必要資金を手当てするのは当然の仕事。民間企業でも借入無しで資本金だけで回したりなどしたら、資本効率最悪のダメ企業である。

3. 返済と新規借入を繰り返して資金繰りが回るのであれば、無理をしてまで(必要以上に社会保障を削るなど)借入金の額自体を減らす必要はない。

4. 返済負担は絶対額ではなく収入と返済のバランスである。収入と言うと何故か税収とのバランスを云々するマスコミが多いが、国の収入は税収ではなくGDPで考えるべき。民間企業で言えば売上高は税収ではなくGDPである。

こんな馬鹿げた話を振りかざす人が「教授」だなんて、一橋大学は大丈夫か?
紙幣や国債が返済不要のものなら、財政赤字は問題ない。しかし、そんなうまい話があるだろうか?返済してもらえるからこそ、誰もが安心して受け取ってくれるということを、約束手形の流通から説明してくれる。打ち出の小槌があることを信じたい人にこそ読んでもらいたい。
紙幣が日銀の負債であることは確かなのですが、不換紙幣である日銀券について(結局日銀券で償還される国債で返済されるなど)返済義務を説明するのは些か強引なロジックのような気がします。
むしろ、日銀券の信用そのものが重要であり、その点では斉藤先生のご意見に強く同意ですが。
本稿にある「「いつでも返済される」紙幣と「確実に返済を期待できる」国債が両輪となり1枚1枚の紙幣の流通が支えられている」という前提で、債務残高対名目GDPが発散的に増大することなく国債の借り換えが持続可能な状態にあれば「どうかしている」ということにはならないでしょう。
国債はともかく紙幣が「返済」されるかどうか、という表現は、議論を簡単にするための苦肉の策だったかもしれません。紙幣が返済されるかどうか、で考えるのは問題の矮小化かもしれませんが、紙幣(正確にはマネタリーベース)が返済の必要がないとしても、それで財政赤字は解決と吹聴する側の議論も問題を矮小しています。

「金融情勢が変化して低利(旧契約は0.1%、新契約はマイナス0.1%)の当座預金に預け入れていることが不利だと考える民間銀行は、当座預金の資金を国債で「返済」するよう日銀に求めるであろう。あるいは当座預金金利の引き上げで貸し出し条件を改善するよう求めるであろう。2016年初頭に導入されたマイナス金利政策に対して民間銀行が憤慨したのも、日銀が当たり前の了解事項を踏みにじったと考えられたからである」

この部分は興味深く、この問題には金利の変化が関わっている(もちろん物価も)ことが示唆されています。
返済する必要はあるが価値を下げて実質的に踏み倒す事も出来る

# 物価水準の財政理論 (FTPL : Fiscal Theory of the Price Level)