勉強ができる人のノートの取り方について - さようなら、憂鬱な木曜日
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アサノジュク塾生に繰り返し伝えている内容と似ています。
「一度学校で書き取ったノートを、家で再まとめする。」ことで、再確認と同時にアウトプットが可能です。理科・社会に特に有用と僕は感じています。
沖縄特有の宿題「チャレンジノート」との相性も良いですね!
時間のかけ過ぎずには注意してください。
1時間の授業ノートを15分程度で再編集することをお勧めします。
はじめは15分以上かかるかもしれませんが、次第にコンパクトにまとめるコツをつかむことが出来るでしょう。
過去のアサノジュクブログにも補足がありますので、合わせてご覧ください。
【学習相談】家庭学習って、何を、どれくらいやればいいの??
http://asanotaiki.ti-da.net/e7999671.html
*ノートの取り方の観点から勉強ができる人とできない人と大別することは乱暴ではないかと思います。
注目のコメント
Bが出来れば苦労しないわけで、Bが出来るようになるためにはAを徹底してやったり、書き写した後に再構成したり、書いたことを口に出して読む。そうすると脳みそに定着する。
ディベートをやっていた時に、相手が言っていることをメモしながら次に何を議論するか考えることをやっていた(というかそれがやらないとできない)。究極的には、相手が喋る前に何を喋りそうというのを知っている状態がよい。そのためにプレパ(準備)を山ほどやっていて、キーになる議論は出所名が出ると「これ言うのね」というのが分かる状態。でもそれは、その前の資料収集の時点で、上記の読んで、書いて(本→Word化)、読んで(「読み練」しておかないとスムーズにしゃべれず、時間切れになる)というのをやって脳みそに定着していたから。
社会人になってから、会議しながら議事録を取って、終わったらすぐ流している。会議中に箇条書きで書きながら、必要だったら見出しとか箇条書きの階層構造いじって送る。でも、多分それができるのは、AをさんざんやってBができるようになったからだと思う。
言いたいのは、訓練によってできるようになる手法だということ。秋学期も週に2コマ授業をやっています(今年度で最後です)。今学期はなるべく止めていますが、パワーポイントを使って授業をすると、パワポを書き写すのに忙しかったり、スマホでパワポ画面を撮って安心したり、後からパワポのファイルを欲しがったり、どうも学生が話のない内容に集中してくれない。
教師の側では、板書は図解と要点の程度にとどめて、ゆっくり分かりやすく噛んで含めるように「お話」をするのがいいのだろうなあ。これが、なかなか難しいのだが…。これはすごく分かる。要するに、自分で考えられるかどうか。
大学の講義でいうと、板書やスライドショーが中心になってしまっていると残念。板書する内容が決まっているなら最初からレジュメで配ってほしいし、スライドショーを読み上げるだけなら印刷したものを配れば良い。
よく言われるように、板書もスライドも道具に過ぎず、主役は話者本人。必要十分なだけ道具を使って、できるだけ長く話してほしいと思ってしまう。